このページを新しく作り直すテスト
せっかく配信でしゃべっても何やったか忘れる
24時間録音しつづけて、AIに渡して文章か
いい部分を箇条書きにしてメモ
そのテストサイトを作る
文章にしたはいいが、ランダムすぎ
Grokの構成能力のなさ
ハンターハンターを読み返す
部屋掃除して掘り出してなんとなく一冊読み始めたら止まらなくて八時間
ややこしいものを面白いものとして提示してなんとなくわからなくても読ませる技術
わかったこと
作者のご都合主義で物語をすすめるのはコストがいる
現実ではなく漫画だからこそ話の展開は、運が良かったから
で済ませると一気につまんなくなる
作者の思い通りに話を展開させるなら、読者を納得させる
そのコスト
大学で受けたちばてつやのインタビュー会が今までのZen大学のなかでもトップレベルによかった
一生覚えてる授業
惜しむらくはダウンロードできなかったこと
大してちばてつや 読んでこなかったし
未だに明日のジョーは途中だし
ひねものすたり日記も全部呼んでない
それでも死んで悲しくて涙ぐんだ
涙腺が脆くなったのか、未練があったのか
何にせよ87で面白くていい絵の漫画かけるってのは
特殊能力だったとしても夢がみれる事実
そーか夢をもっと見させてほしかったのか
水木しげるのときは こんなにはこなかった
生きて動いて発するってのが重要なのか
前に行った東浩紀のYoutubeの回でもう一つ印象深いことをいった
人間は徹底的に個人なんだ
個人が豊かになると社会全体が豊かになる
ヘーゲルが人間は社会的な生物で全体のためへの行動が社会にとって重要(的な話だったとおもう)
って考え方の人にとっては個人主義な考え方は「大人じゃない」らしい
徹底的に個人 なんとも救われる言葉
評論家だからこその視点なんだろか
布団の中でなんいかも思い出す話なぐらいいい言葉
最近オナニーしすぎ
激しさのあまり夜から配信になってる
やらないよりはまし
酒欲に抵抗したら性欲に負ける
三マス戻る
感情の動き: 深い納得感。考え事中のコーヒー計量失敗によるささやかな後悔。
インサイト: 「大学」という権威の解体。知の民主化とAIの普及による、インフルエンスを軸とした新たな人文学コミュニティの台頭。
PHPが攻撃された日の あずまひろきの配信視聴による、深い気づき。 「文系が大学をやるのは難しくなっている」という言葉への圧倒的な同意。 (なお、考えながらのコーヒー計量は完全な失敗。入りながら数えるのは無理)
理系には高価な実験器具という物理的制約。 一方、文系の「文学」はSNSの短文やYouTubeでの発信へと既に変容。 であれば、既存の「大学」というハコは完全に不要。
そもそも大学の起源は、「すごい人」の元への自然な集積。 情報=人だった時代への回帰。 あずまひろきの言論空間こそが、現代における「大学」。
大学や出版社といった権威が知を司る時代。それはもはや過去の幻想。 知識や効率はAIとネットで完結。知識獲得において人に頼る必要性の消失。 過去の成功法則の賞味期限が短い現代。力を持つのは絶対的権威ではなく、いまそこにいる目に見える「人」と「集団」。
理系が器具なら、これからの人文学の拠り所は「インフルエンス」。 フォロワーというパワーのもとに人が集まり、知を持ち寄り交換し発展させる新たな場。 それこそが、未来の大学のあり方。
昨日考えたことのすべて。 おはよう。
この日記のフォーマットや体言止めのリズム感はこれでバッチリでしょうか?
カッコつけすぎ
ところどころ抜いてやわらかみほしいよね
二ヶ月に一回は酷い口内炎になる
モイモイモイちゃから教えてもらった薬がよく効く
二年で一本使い切った
ケチってたら治らなかったので買い足す
口の中痛すぎて配信で喋れないのもキツイけど
バイブコーディングで喋れないのがもっとキツイ
このサイトがアフィリエイトサイトだってのを忘れる
VRでのコミケ:Vketでの制作物の目処が立つ
ソフトウェアが違うので3D漫画が上手く表示できなかった
さらにスマホでも見れるように容量圧縮しなきゃだめで
全然思ったように出来なかった
AIのお陰でその変換作業なんとかなった
半年違ったら参加できなかったよ
そのくらいのAIの進化スピード
世界混乱してるのも楽しいのでありがたい
AIも一段落ついたのか熱中度合いがさがった
それよりも毎日配信をする
今日はZEN大学の学生生活についてのグループインタビューに参加
休学していると大半のイベントは対象外になってなんだー。といじけてた10月
てかSlack休学中でもつかえるのか
名前へのメンション通知がスマホに来るように設定していたおかげで30分遅刻で参加。ジョギング中にメンションに気づく
16時半から18時までの1時間半、みっちりと話し込む
参加者は、大学の運営や職員が3人に対して、生徒側が社会人学生3人
自分以外の2人の学生は、IT関係の社長さんや、自分より年上でAI関係の仕事をしている方など
「大学生活をどうすごしてるか」と「大学をどう良くしていくか」というテーマに対してインタビュー
他の社会人学生の過ごし方、向き合い方、Zen大学で取り組んできたこと、Zen大学になんで入ったか、「Zen大学に思うこと」を知ることができた
これこれ、こういうのが聞きたかった!
これまで参加したオンラインイベントの中で一番面白かった
終わった後は少し疲れたけど、これは久しぶりにジョギング+リングフィットアドベンチャーを1時間半やったから。
休学をしてる三週間の間に、現役生のZen大生とやりとりする機会があった
自分のTIMESを見て興味をもって連絡をくれた人とのこと
そのひとは休学を検討しているらしい
東京行きたいから家賃折半で一緒にすまないか
ともちかけられる
いいよ って言えない自分の度量の狭さ
二人住むには俺の部屋の余白は狭すぎる
面白い展開に身を委ねられない度胸のなさ
現役大学生はこう考えるんだなーと、
大学への積もる話を二時間楽しく聞いた
3週間前のはなし
それ以降やりとりしてない
20年前に俺が大学生だったとき
二年留年して一年休学するくらい授業どうでも良かった
マジで勉強できなかった
講義全部出席してノートとって、
それで落とす授業があるくらい駄目
卒業年度になって、
6回目のテストで「可」をとれた一年次の授業の電磁気学
サークルや、大学の友人いなかったら大学辞めてた
でも大学辞めたって大したことないし、
休学なんて屁でもない
じゃあ大学ってなんだ
結局のところ、大学て空間の価値は、教室やサークル、研究室といったコミュニティなんじゃないか
そこにいたってそれだけで、手助けし合ったりしながら、なんとなく知り合って、最後は疎遠になる
「同じ場所で(オンライン上だったとしても)、同じ方向を向いて何かを共有している」こと。
そこで発生する「縁」って福引きのガラガラポン
それが大学生活の本質だった
福引き回す回数おおければ当たる確率あがる
運良ければ二三人の友人が最終的にできる
学業そのものに意味なかった
そこであった人の考え方、やりとり、
そのひとの向き合い方のが今も影響を与えてる
いい意味でも悪い意味でも。
あーでも高い実験装置いろいろいじれたのは楽しい経験だったか
自分からSlackで積極的に発信する必要ない
ないんだけどね
リアルな大学だと嫌でも身体性がある
でもオンライン大学だと身体性希薄だから
接点を持ち続けるモチベーションを保つのが難しい。
スタンプ一つであっても、実際にそこに「いる」という感覚を共有できるタイムラインや場所がないと、そのひとが居るって感覚得られない
その人の身体性感じるにはスタンプだけでも発信するしかない
発信しやすい場
Timesがいいなと思うのは、古き良き、Twitterが楽しかったころのやり取りがあるように見える
ゆるいつながり、ゆるい存在感、ゆるい苦しさ
古き良き。って前置きを言う人は大体「オメーの感覚があってねーんだよ!」って思うので俺もそうなんだろな
結論
休学する って相談してきた人に俺はなんにも
役にはたたなかった。
次の抽選券渡せなかったなあ、とぼんやりする
支配的な感情:
小さな不都合が解消されていく手応えと快感
溢れ出る開発欲求と、漫画制作が進まないことへの微かな焦り・葛藤
予想以上のクレジット消費に対する呆れと困惑
感情のトリガーと背景:
これまで「こんなもんか」と慣れて受け入れていた不便さが、自作プラグインなどの工夫で劇的に改善していく面白さにのめり込んでいる。
「作りたいものが次から次へと出てくる」という高揚感の裏で、「これをやっていると漫画を作らなくなっていく」というクリエイターとしての痛烈なジレンマが滲んでいる。ただし、「10月だけはがっつり開発をやり切る」と割り切ることで自分を納得させている。
Codexのクレジット残高の減りの早さには「派手すぎる」「お高い」とため息混じりながらも、Blender連携への探求心を捨てきれていない。
違和感・課題:
ツールの不都合を「慣れ」で放置していたこと。全体のフローを見直せば、まだまだ削れる無駄(省力化の余地)がある。
ビデオハイライターの数値を手動で感覚的にいじるのが難しく、手間がかかっている。
コード生成AI(Codex)のクレジット消費ペースが早すぎるため、使いどころの見極めが必要。
構想・アイデア:
OBS自動録画+ハイライト生成フロー:
アナログの絵の練習をOBSで手軽に録画し、ビデオハイライターと連携して自動でタイムラプス動画を生成するシステムを組む。
ビデオハイライターの数値調整もAIに自動で最適化させたい。
今月のリソース配分:
10月中は割り切ってプログラミング(配信ツール・省力化ツールの完成)に集中し、絵の練習だけは継続する。
残りのクレジットはBlenderでの活用検証に回す。
日記ってかきろくっぽくてやだな
音声じゃないからニュアンス伝わってないし
公開いてなかった
aktym4aさんありがとー
金はない
金を稼ぐ行為が面倒くさい
しかもだるい
やりたいことはいっぱいある
そっちも面倒くさい
が
面白い
自分の影響を拡大しようとするか溜め込むかの違い?
・クロームで公式拡張機能を出した
一回5$払えば公式に出し放題
働かせて金を取る
今後はそういう社会になるのか
・口述日記をAIにまとめさせる続き
プラットフォームがなくなって、コミュニティがメインになる。 だから、プラットフォームをどれだけ壊せる仕組みを作れるかが、今やること。
発信する側のプラットフォームの使い方はなくなるけれど、受け取る側はやっぱりプラットフォーム依存になる。 だから、これからのプラットフォームというのは、いかにAIだったり、API、MCP、CLIなんかでコントロールできやすくするか。
発信側にとっても、そこに接続しやすくすることがプラットフォーム側にとっても使われやすくなる理由だし、受け取る側はコンテンツが多ければ多いほど見やすいし、その中でのコミュニティが広がる。
見る側はサイトに縛られるけれど、送る側はひとつのコンテンツがあれば複数に送れるから。
これからのプラットフォームというのは、受け取る側と送る側……いや、違うな。 受け取る側……送る側、つまりコンテンツを配給しやすい仕組みができるかどうか。 そして、AIを使わせないというようなプラットフォームはどんどん滅びてほしい。
ただ、見てる側からすると、botとかAIによるコンテンツばかりが溢れるようになると見なくなるから、AIコンテンツが厳しく取り締まられたり、botによる邪魔を防いでいけるかどうかが重要だと考える。
録音の声のトーンや思考の言葉選びから滲み出ている感情のコア(核)の整理:
「囲い込み」や閉鎖的なシステムに対する憤り・苛立ち
「AIを使わせないプラットフォームは滅びてほしい」「どれだけ壊せるか」という言葉の裏には、プラットフォーム都合の仕様や囲い込みにクリエイター側が振り回されてきたことへの、強いもどかしさ・悔しさがある。
既存の不自由なルールに従わされ続ける現状を打破したいという反骨精神。
「作る側/届ける側」としての切迫感と使命感
「今やること」「壊す仕組みを作れるか」という焦燥にも似たドライブ感。
自分たちがコントロールを握り直すための武器(API、MCP、CLIなど)を早く手中に収めたいという、攻めのエネルギー。
プラットフォームのジレンマに対する葛藤・警戒
「受け取る側は依存してしまう」「botや低品質なAIコンテンツで溢れたらコミュニティが死ぬ」という懸念。
開放したい反面、荒らされて壊れてしまうことへの警戒や、受信者目線に立ったときの歯がゆさ・危うさを感じている。
プラットフォームの非中央集権化と「コミュニティ中心」への移行
既存のプラットフォーム単体の力は薄れ、本質的な価値はコミュニティへと移る。
今取り組むべきは「プラットフォームの囲い込みをどう壊すか(脱プラットフォーム化)」の仕組みづくり。
発信側と受信側の非対称性
発信(クリエイター/配給)側:
特定のWeb UIやプラットフォームに縛られない。
ひとつのコンテンツを複数プラットフォームへ同時に配給・連携できる仕組みが標準になる。
AI・API・MCP(Model Context Protocol)・CLI等でプログラマブルに制御できるプラットフォームが選ばれ、AI活用を拒む閉鎖的な基盤は淘汰される。
受信(ユーザー/コミュニティ)側:
コンテンツやコミュニティが集まる場所としてのプラットフォーム依存が依然として残る。
これからのプラットフォームに求められる二面性
開発・発信側へのオープンさ: AIやツールと柔軟に繋がるパイプライン(配給インターフェース)。
閲覧・体験側へのクオリティ管理: botのノイズや質の低い粗製濫造AIコンテンツを的確にフィルタリング・取り締まり、健全なコミュニティ空間を保護する防壁。
味気ない。AIはどうしても情報になっちゃう